吉田修一『平成猿蟹合戦図』2011/09/19

 吉田修一さんの新刊、『平成猿蟹合戦図』を読んだ。
 数年前に吉田さんのファンになり、2~3か月で一気に全作品を読んでしまったので、ここ2~3年は、新刊が出るとすぐ買って読んでいる。とはいっても、一気に読んでしまうと、また何か月か、長いと1年ぐらい次の作品にお目にかかれないので、今回の『平成猿蟹合戦図』は、楽しみを温存するペースで、1週間ぐらいかけて読んだ。

 物語は長崎の五島福江島から東京にやってきた真島美月が赤ん坊を抱えて、新宿の雑居ビル同士の隙間に身を潜めているところから始まる。彼女は家を出て、連絡がとれなくなった夫の朋生を探しにきたのだった。
 ここまで読んだとき、あぁ、この人のだんな、きっとどこかに女でもつくって逃げたんだろうなーと思った。
 が、違うのだ、みつかってみると、単にのんきなだけで、連絡がとれなくなったのは携帯が壊れたのをそのまんまにしていたからだとわかる。
 橋本純平という韓国クラブで下働きをしている30ぐらいの男も登場する。その韓国クラブのママが山下美姫。湊圭司というチェリストに、その事務所で働く園夕子。チェリストの姪の岩淵友香。
 たくさんの登場人物が登場し、その場面場面で一人称が入れ替わる。それぞれの登場人物にちょっとした接点が出来、物語が組み立てられていく。
 映画でいえば、『ラブ・アクチュアリー』みたいな感じ。
 『悪人』もそうだったけれど、私は、こんなつくりの小説や映画がけっこう好きだ。
 今回の登場人物のなかで、いちばん好きなキャラは、湊圭司のおばあさんであるサワばあさんかもしれない。 
 サワがデイケアサービスで通っている福祉施設に国会議員の徳田重光がやってくる。
 選挙間際に点数稼ぎにあちこちを回る国会議員の例に漏れず、彼も老人たちに愛想を振りまいて、さっさと帰ろうと思っているのだが、このサワばあさん、この徳田が握手をするために差し出した手を離さない。負けるもんか、と手を握る。徳田が慌てる。慌てて止めに入った施設の職員により、サワの手は離される。でも、サワは心の中で言うのだ。「バーカ」
 おざなりの点数稼ぎなんてするんじゃないぜーってところが痛快だ。
 こんな場面もある。
 同じ施設に橋本純平がやってきて、サワがリクエストした氷川きよしの歌を歌う。次から次に歌って踊る。本物の氷川きよしのコンサートにでかけたかのように楽しいときを過ごした。そして、その翌日、孫の湊がやってきて、サワに重大なことを打ち明ける。サワは何がなんだかわからない。そして、純平がやってきた日は楽しかったなーー、なんて改めて思うのだ。
 
 途中、物語の中心は、新宿から秋田へと移る。
 今回の震災で、秋田はあまり被害を受けなかったのだが、『平成猿蟹合戦図』を読んで、秋田が活気づいている風景を思い浮かべていたら、東北全体が元気になっているような、そんな気分になった。
 
 この小説は、「週間朝日」に昨年の5月から今年の4月まで連載されたものだ。震災が起こったのは、連載が終わりを迎えようとするころ。
 ことによると、震災が、結末にちょっと影響を与えたのかな?
 
 ともあれ、今のご時世、この終わり方、すごくいいじゃない、と思った。

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